お や す み な さ い 。


もぞ、とシーツが動いてアスランは隣りに目を向けた。
同時にその下から聞こえてきたのは自分の名を呼ぶ小さなキラの声。アスランはくすりと笑った。
「……寝ちゃった?」
「ううん、起きてる」
囁き声にそう返事をすればキラはシーツの中からひょいと顔を出した。そして残念そうになーんだ、
と呟く。
(……「なーんだ」、?)
眠っているのを期待していたんだろうか。
ベッドサイドの時計に目をやれば、時刻表示は『AM01:03』――新年を迎えて1時間、
そしてベッドに入ってようやく30分が経過したらしい。
「……ね、」
キラはシーツの中をもぞもぞと移動し、アスランの方にその身を近づけた。
どきりとしてアスランはキラを見る。
もとから決して広くはないベッドに2人で入っていたのだから今更なのだけれど、それでもさっきよりも
狭まった距離に胸は自然と高鳴ってしまう。
キラに気付かれないように、アスランは速まる鼓動を落ち着かせようとゆるゆると息を吐いた。
「……なに?」
小さくそう訊ねれば、キラは枕に腕を伸ばしその上に顔を置いてこちらを見る。そして不思議そうに
訊ねた。
「アスラン眠くないの?」
(眠れるわけないだろ)
即座に胸の中でぽつりとそう返事をする。
新年を迎えて気分が高揚しているせいだろうか。いつもはベッドに入るとすぐに眠りに落ちてしまう
キラなのに今夜はなかなか寝付けないようだった。
妙に落ち着きがなくてさっきからベッドの中でそわそわしている。隣りに寝ているキラがこんな風なのに
自分だけ先に眠れるはずがない。
(ただでさえ眠れないっていうのに)
むしろさっさと寝てくれ、と思う。これじゃいつまでも眠れない。
もう何年もこうしてきているのに、キラと同じベッドで寝ることにこんなにどきどきするようになったのは
本当に最近のことだった。
(寝るときだけ、じゃないけど)
キラが傍にいるだけで、近くで顔を見るだけで心臓は勝手に騒ぎ出してしまう。
どうしてこんな風になってしまうのかは考えたくなかった。こんなのは自分の方だけで、キラは何も
変わっていないのだから。
アスランは小さくため息を零すと、自分もキラの方に体を向けた。
「……キラは眠くないの?」
するとキラからは妙に力んだ答えが返ってくる。
「ぜ・ん・ぜ・ん!眠くない!」
(全然、、って……)
キラはまたさらにずい、と顔を近付けてこっちを見あげてくる。
アスランは思わずさっと体を逸らした。後ろは壁だからこれ以上逃げ場はない。
「アスラン眠いの?眠かったら寝ていいよ?」
キラはそう言って瞳をきらきらさせている。
「……?」
キラのどこかおかしな様子にアスランは僅かに眉を寄せた。
確かに眠くないわけではない。今日は朝からずっと――それこそついさっきベッドに入るまで、
同じテンションではしゃぐキラに付き合っていたから実は結構くたくたなのだ。だからこのあたたかくて
ふわりとしたベッドの中で体はもうすっかり『おやすみモード』に入ってしまっている。今すぐにでも眠って
しまいたいのは確かだった。瞼を閉じればすぐに眠れるに違いない――ただしそれは一人きりで寝て
いるなら、の話だ。
今は隣にいるキラのおかげで意識ばかりが妙に冴えてしまって全然眠れる気がしない。
「まだそんなには眠くないけど……」
アスランがそう答えると、キラは今度は目に見えてがっかりした表情を浮かべた。
「……寝ていいのに」
ぽつりとそう呟いて、キラはふい、とアスランから目を逸らした。
(キラ?)
よくよく見ればキラのすみれ色の瞳はどこかとろんとしていて何だかとても眠たそうに見える。
アスランはあれ、と目を瞠った。
「キラこそ眠いんじゃないのか?」
そう問いかけるとキラは途端にはっとした顔になる。そして目を大きく見開いて声を上げた。
「ね…眠くなんかないっ!僕今日はまだまだまだまだまだまだ寝ないからね!」
「うん…?」
どうしてそこまで力説するんだろう、と思いながらもキラを見れば、けれどやっぱりどう見ても眠そうな
顔をしている。
――これはもしかして。
(俺に先に寝て欲しいのかな……?)
理由はまったくもって不明だけれど、この状況から察するにそれ以外考えられない。
アスランはじっとキラを見つめた。
キラはまたもぞもぞと寝返りを打ったり落ち着かない様子でいる。しかしこのおかしな動きもすべて
眠いのを我慢しているためと思えば納得がいく。
「…………」
アスランは小さく息を吐いた。新年早々相変わらずキラは謎だ。
「キラ」
「……うん……?」
もう返事までも眠そうだ。シーツの中から虚ろな眼差しでこちらを見上げたキラにアスランは小さく
告げた。
「やっぱり眠いから、先に寝るね」
「え…!」
途端にキラはぱあっと笑顔になる。こういうところはやっぱりわかりやすすぎると思う。
「うん!おやすみ、アスラン!」
アスランは内心くすりと微笑んだ。
「おやすみ、キラ」
そう言って瞳を閉じる。
(何を企んでるんだろう)
芽生えるのは純粋な好奇心だ。アスランは瞳を閉じて隣りのキラの気配に注意した。
――そうして部屋には静かな沈黙が流れる。
きっと時間にしてみればほんの1、2分なんだろうけれど。
「……アスラン?」
ぽつりと小さくキラが訊ねた。アスランは黙ったまま眠っているふりをした。
「もう寝た…?」
おそるおそる訊ねるキラの声が何だか可愛くて笑ってしまいそうになる。平然としていられる自信が
なくて、アスランは寝返りを打つ振りをしてキラに背を向けた。
「…!」
背中でキラがびくりとするのがわかる。そしてしんと静まりかえった部屋にふぅ、とキラが息を吐くのが
聞こえた。
「……起きてないよね…?」
様子を伺うようにそう呟くキラにまた笑ってしまいそうになる。
すると背後からやった、と小さく声がきこえてきて、アスランはぱちりと瞳を開いた。
(やった?)
確かにそう聞こえた。一体何が「やった」なんだろうか。
アスランにはまったく想像もつかない。すると今度はキラがふふっと笑う声がした。
(うん…?)
アスランが眉をしかめたそのときだった。
ふと感じる気配に慌てて瞳を閉じれば、頬に触れたのは――あたたかくてやわらかい感触。


「――――…」


びくりともしなかった。
それからぎゅ、と背中に感じるぬくもりに、キラが抱きついてきたことを知る。

アスランは静かに瞼をあげた。目の前には壁しか見えない。
(な…っ)




今のは、何だ? 




おさまりかかっていた心臓の鼓動がまた大きくどきりと高鳴った。途端に鼓動は早鐘を打つように
激しくなる。ぴたりと背中にくっついたキラに胸の奥がぎゅっと締め付けられるように苦しくなった。
(なに…!)
どうしたらいいのかわからなくてアスランはただ硬直していた。
そんなアスランには気付く由もなく、キラはさらにアスランの背にその身を摺り寄せてくる。
……そして小さく、「あったかい」と嬉しそうに呟いた。

「…!」

どきん、どきん、どきん、どきん、と。
これ以上はないような鼓動の早さにアスランはぎゅっと瞳を閉じた。静まれ、とどんなに強く思っても
胸の鼓動はおさまらない。
こんなにぴったりくっついているんだから、キラにももうわかってしまってるんじゃないだろうか。
(キラ)
ぎゅっと拳を握り締める。縋りつくようにくっついたキラの体温が心地良すぎてくらくらした。
どうしてこんな風になってしまうのか、なんて。
背中越しに感じるあたたかなキラに、どうしようもなく切なくなってしまうのは、もう――。
「……っ…」
たまらなくなってアスランはばっとその身を起こした。そして眼下のキラに目をやる。
「キ――…」
目に飛び込んできたのは、すうすうと気持ちよさそうな寝息をたてるキラの姿。
「…ん…ぅ…」
アスランが起き上がった拍子にキラは小さく呻く。
アスランから離れたキラの腕は、また何か縋るものを探して伸ばされる。
見つめるしかできないアスランを尻目にやがて腕が枕を掴むとキラはそれをぎゅ、と胸のうちに
抱え込んだ。
そして満足そうに微笑んでまた健やかな寝息をたてていく。
「…………」
アスランは半ば呆然としてそんなキラをじっと見つめていた。
言葉もなにも出てきやしない。
こんなのはいつものことで、本当に何でもないことなのに。――いつものこと、だけれど。
(さっきのは、違う)
キラが触れた頬に、そっと触れた。
「キラ…」
ぽつりと呟いてしまった自分の声にアスランははっとして目を瞠る。
キラは相変わらず気持ちよさそうに枕を抱え体を丸めてすやすやと寝入っている。
「……何なんだよ……」
情けない声は暗がりへと消えていく。
アスランは深くため息をつくと、再び静かにその身をベッドの中に戻した。
そうして枕を抱きしめて眠るキラの寝顔を見つめる。髪なんてもうぼさぼさだ。
「…………」
手を伸ばしてキラの髪をそっと梳いた。きっと朝になったらまたぐしゃぐしゃになってるんだろうけれど。
気持ちよさそうに眠るキラを見ていたら、何だかさっきまでの自分がとても馬鹿らしく思えてくる。
(……キラはキラなのに)
だから、自分は――。
ふと胸に湧き上がる感情にアスランはどきりとした。
(キラ)
こんな風に、自分のすぐ隣りで安心しきって眠っているキラを見るだけで心がぎゅっとなる。
「…………」
キラの腕におさまっている枕が少しだけ気に喰わなくて、アスランは腕を伸ばすとキラから枕を静かに
奪い取った。
そしてそれを自分と壁の間に押しやる。抱きつくものがなくなって伸ばされたキラの腕がシーツの上を
さまよって、そしてすぐにアスランに触れた。
そのままその身をアスランに摺り寄せてくる。アスランもぎゅっとキラの体を抱きしめた。
(……キラ……)
キラはアスランの腕の中で微かに身動いだけれど、すぐに落ち着いたのか動かなくなる。
胸元から聞こえてくる規則正しい寝息と、そのぬくもりを抱きしめてアスランはキラの髪に顔を埋めるようにして目を閉じた。
どうしたって、もう逃げられるはずもない。ずきん、と胸が痛んだ。
「……アスラン……」
小さな囁きにびくりとして腕の中のキラを見る。キラはやっぱり気持ちよさそうに、そして幸せそうに眠っているから。
「…………」
自分の傍で、こんな顔をしてくれるキラを素直に嬉しいと思った。
今年も、その先もずっとこうして傍にいられますように。
アスランは微笑んで、そして小さく息を吐いた。
「……おやすみ、キラ」
こうしてくっついていたらキラと同じ夢を見られるだろうか。
胸の中に残る微かな痛みを押し隠して、アスランは再び瞼を閉じた。



end.



まーたいつものアスランを書いてしまった!
幼年ふたりくっついて寝てるの可愛いなあと思っただけなんです。
あ、キラは別にちゅうしたくておきてたんじゃないです。
(いつもアスランより先に寝ちゃうのが悔しかっただけ…!おこさま!・笑)
それにしてもうちの幼年って寝率高すぎだ…。
こんなのでよろしかったらどぞお持ち帰りしてくださいー。
かずさゆの